お気に入りの書店がある。そこで小さな本屋にまつわる書籍を1冊購入した。レジで「飯室さん、本屋やれそうですね」と言われた(もちろん、本気ではないと思う)。正直、本を売る商売をしたいと思ったことはなかった。でも本は好きだ。では、どうして本屋をやりたいと思っていないか、自分なりに分析してみたことを書いてみる。
「本は好きだ」と書いたが、まずはその気持ちを分析してみる。
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本は自分の興味を深掘りして、心を満たしてくれる
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知らないことをその道のプロに聞いたりするのはちょっと恥ずかしいんだけれど、本から知識を得るのはいつだって自由
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気分が落ち込んでいたり、考えたくないことをついつい考えてしまうとき、本をひらけば一瞬にして別世界に行ける
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本というものを持ち歩いていること自体が安心感
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海外でも行くところがないとよく本屋に通った。旅先の本屋はシェルター。
そんなところだろうか。では、本を売る商売をやることに興味がないのはどうしてか、分析してみる。
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売る立場になるほど、本の世界を知らない。自分の興味のある本にしか、興味がない。
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本屋に身を置くことは好きだが、「自分だったらこうしたい」というような火は灯らない。
自分は本屋という商売に関して、お客さんでしかない。お客さんでいたい方の人間。
自分はどこかの宿に泊まりにいくと、決まって、なるほどと膝を打つことや、自分の宿で取り入れたいこと、自分の宿でできていなくて悔しいこと、自分だったらこうするのになというような改善案が、ポンポンと出てくる。そういうとき、『ハウルの動く城』のカルシュファーのような火が体の中で灯っているのを感じる。ちなみに、この体内にぽっと灯る火のようなものを、「カルシュファー」と言っていたのは、リビングワールドの西村佳哲さんだったと思う。もう10年くらい前に聞いた気がする。これを聞いたとき、「あぁ、カルシュファー!」と自分の心にストンときた。それ以来、仕事にできるかできないかを計るとき、「確かに…」という気持ちで、自分のなかのカルシュファーと対峙する。この火がある場合、仕事になり得るんだと思う。
余談だけれど、自分は本に関わることがしたくないのか、というとそれも違っていて。宿には本を置いておきたいし、旅人とは本の話がしたいし、当たり前のことだが本を読みたい。

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