「都市を生きる建築」のブックマークまとめ

大阪府

なぜ産経のサイトにアーカイブがないのか謎です…というわけで「都市を生きる建築」のブックマークまとめをここに置いておきます。

【都市を生きる建築(100完)】影も形もないのに「歴史あり」未来をつくる「大阪新美術館(仮称)」
 「都市を生きる建築」の記念すべき第100回は、中之島を敷地に現在設計が進められている、(仮称)大阪新美術館を取り上げる。まだ影も形もない建築であるにも関わらず…
【都市を生きる建築(99)】近代が生んだ「大阪の御殿」都会の中で自然を味わう贅沢 太閤園淀川邸
 実業家たちが駆け抜けていった大阪。その代表格と言える藤田財閥の創始者・藤田伝三郎は、広大な本邸を大川沿いに構えていた。人呼んで「網島御殿」。1910(明治43…
【都市を生きる建築(98)】「開港150年」大阪に建つモダン…水辺で生き抜いてきた知恵も 商船三井築港ビル、天満屋ビル
 今年は1868(明治元)年に大阪港が開港して150年ということで、7月を中心にさまざまな催しが予定されている。当時の物流は水運が主役で、あらゆるものと人、そし…
【都市を生きる建築(97)】水都・大阪を守る働く建物…機能性重視の「いぶし銀」大阪市水上消防署
 働く建築は美しい。大阪市港区の大阪市水上消防署は、陸と水の二面を守る消防署だ。他の消防署と同様に陸上の管轄地域を持つ以外に、水難救助隊が配置され、大阪港と河川…
【都市を生きる建築(96)】大正時代に建てられた「築港赤レンガ倉庫」クラシックカー展示で再生
 横浜や函館など、全国各地に残る赤レンガ倉庫は再生活用が進み、どこも観光やデートスポットとして人気を集めている。大阪でも築港の南側にあって長らく閉鎖されていた築…
【都市を生きる建築(95)】歴史的背景と現代性を両立…市民に開かれた「大阪弁護士会館」
 どんな建築を建てるかというのは難しい。自分たちのあり方を象徴したいし、都市の中での調和も大事だ。歴史的な物語も踏まえながら、現代性も加えたい。2006(平成1…
【都市を生きる建築(94)】「商売・文化の発信地」の気概伝える「三木楽器開成館」
 江戸時代から大阪随一の繁華街としてにぎわった心斎橋筋には、時代の先端をゆく建築が建てられてきた。しかし時流の波に乗り続けなければならない消費の街の宿命か、村野…
【都市を生きる建築(93)】世界の先端だった骨太なモダンデザイン「大阪市営地下鉄御堂筋線」…「建築」としても語れる大動脈
 今回取り上げたいのは、大阪市営地下鉄御堂筋線である。1930(昭和5)年に工事が開始され、1933年、日本で2番目の地下鉄として梅田-心斎橋間が開業した。先に…
【都市を生きる建築(92)】モータリゼーションの波伝える「相互タクシー乗り場」時代反映したモダンで小さな建築
 建築はいつの時代も社会を反映する。例えば近年減少の一途を辿(たど)っているガソリンスタンドは、誰もがマイカーを持てるようになった高度経済成長期に登場した新時代…
【都市を生きる建築(91)】「都市に住もう」大阪に生まれた新しい町屋…都住創スパイヤー
 「都市に住もう」と呼びかけたのは、1987(昭和62)年に大阪市中央区に完成した都住創スパイヤーの設計者の一人、中筋修だ。すぐにこれは「実は奇妙な呼びかけ」だ…
【都市を生きる建築(90)】「大阪」を満喫できる最高の展望「OMM」…商業の街を支えた立体卸売センター
 国内最高の高さを誇るあべのハルカスや、外国人観光客で賑(にぎ)わう梅田スカイビルなど、人気の展望台をもつ高層ビルをこれまで本連載でも紹介してきたが、「大阪らし…
【都市を生きる建築(89)】21世紀の未来へ「実験」し続ける住宅「NEXT21」
 「都市を生きる建築」という連載タイトルにこれほどふさわしいものはない --といった文章をすでに何度も書いたようにも思うが、今回はやはり使わせてほしい。
【都市を生きる建築(88)】住職設計、現代の要請に応えた「開かれた寺院」一心寺
 大阪は奈良や京都と並ぶ仏教都市でもある。四天王寺から北へ、上町台地の西崖に沿って延びる一帯は、豊臣秀吉の時代から整備の始まった寺町で、甍(いらか)と坂道の織り…
【都市を生きる建築(87)】独自の存在感発揮する「戦後の洋館」…旧大阪市公館から「ザ・ガーデンオリエンタル大阪」に
 旧大阪市公館は1959(昭和34)年に大阪市の迎賓館として建設された。2014(平成26)年から新たに「ザ・ガーデンオリエンタル大阪」として生まれ変わり、レス…
【都市を生きる建築(86)】「普通のビル」が典型に…最新文化財に登録された「リバーサイドビルディング」
 大阪市北区中之島に建つリバーサイドサイドビルディングが、昨年新たに登録有形文化財へ加わることになった。登録有形文化財は竣工(しゅんこう)後50年を経過した建物…
【都市を生きる建築(85)】市民らが待ち望んだ「大阪市立美術館」西洋的軸線感じられる左右対称の建物
 天王寺公園の中にあって、幅広い役割を担っているのが大阪市立美術館だ。日本・東洋の美術品や工芸品を中心に国宝や重要文化財を含む充実した所蔵品を持ち、便利な場所を…
【都市を生きる建築(84)】竣工90年、現役最古の都道府県庁舎…大正時代建築の前衛的デザイン「大阪府庁本館」
 大阪城公園の西に面して建つ大阪府庁本館は、昨年2016(平成28)年に竣工(しゅんこう)から90周年を迎えた、現役としては最古の都道府県庁舎だ。その記念すべき…
【都市を生きる建築(83)】団地マニアも一目置く「新桜川ビル」…「併存住宅」のリノベーションは住宅不足の切り札に
 戦後、日本の各都市は深刻な住宅不足となり、公的セクターが都心に数多くの共同住宅を建設していった。そのなかに「併存住宅」と呼ばれるタイプがある。低層階に店舗や事…
【都市を生きる建築(82)】「大阪らしさ」に頼らない日本一の超高層建築「あべのハルカス」
 「大阪らしさ」が薄いビルだと、あべのハルカスは思われるかもしれない。2014(平成26)年に完成したタワー館は高さ300メートル、日本一の超高層建築だ。構造物…
【都市を生きる建築(81)】「大大阪時代」を現代に伝えるモダニズム学舎 大阪市立大学
 11月5日と6日に開催された「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪2016」(イケフェス大阪)は盛況のうちに幕を閉じた。普段は入れない建築に入れる特別な2…
【都市を生きる建築(78)】内部公開に希望者殺到した「太陽の塔」半世紀の時超え世界遺産に?
 「太陽の塔は建築なのか?」。特に1970(昭和45)年の大阪万博を体験していない世代は、そう思うかもしれない。確かに、太陽の塔は国民的に知られた芸術家、岡本太…
【都市を生きる建築(77)】「ショッピングセンター元年」に誕生、クールなのに無機質でない空間…千里中央駅周辺
 1970(昭和45)年の大阪万博で示された未来への夢は、今の大阪の風景も育んだのではないだろうか。最も影響が濃いのが千里中央駅とその周辺である。
【都市を生きる建築(76)】今でも現役、船場商いの歴史伝える「旧小西家住宅」
 大阪の中心市街地は、第二次世界大戦の大阪大空襲でそのほとんどが焦土と化したが、戦災地図などを詳細にみてみると、北浜界隈には焼けなかったところのあることがわかる…
【都市を生きる建築(75)】むき出しのH形鋼が「重厚長大」時代を象徴 EXPO ’70パビリオン(鉄鋼館)
 アジア初の国際博覧会として1970(昭和45)年に大阪で開催された日本万国博覧会。半年間の会期中に約6421万人が来場し、この記録は2010(平成22)年の上…
【都市を生きる建築(74)】眠りから覚めた「新しい近代建築」丼池繊維会館
 「新しい近代建築」という言い回しは、矛盾して聞こえるかもしれない。近代建築というのは、主に戦前までに建てられた古い建物のこと。解体されて数が減ることはあっても…
【都市を生きる建築(73)】18坪に真価を発揮した世界的建築家の「空間ドラマ」日本橋の家
 大阪に事務所を構えながら、今や日本のみならず、世界中でビッグプロジェクトを手がける安藤忠雄氏。1994(平成6)年に完成した「日本橋の家」は18坪に満たない狭…
【都市を生きる建築(72)】日本の様式建築の到達点…三井住友銀行大阪中央支店
 中之島に建つ日本銀行大阪支店を別格とすれば、大阪市内にある銀行の中で、最も「銀行らしい」建築といってよいだろう。北浜の堺筋沿いに建つ三井住友銀行大阪中央支店は…
【都市を生きる建築(71)】「生きている博物館」万博ソングが聞こえてきそう…国立民族学博物館
 1977(昭和52)年に万博公園内に開館した国立民族学博物館は「生きている博物館」といえる。「世界の国からこんにちは」。1970年の大阪万博のテーマソングが、…
【都市を生きる建築(70)】空間と文化のリレー「丸一商店」
 今回は少し番外編ということで、以前に取り上げた建築のその後について紹介したい。第56回に掲載した堺筋沿いに建つフジカワビルは、建築家・村野藤吾の設計によって1…
【都市を生きる建築(69)】世界に誇れる「通過型の駅」まるで街…大阪ステーションシティ
 鉄道駅は頭端(とうたん)型と通過型の大きく2タイプに分かれる。日本の頭端型を代表する存在が阪急の梅田駅だ。一列に並んだホームから線路が枝分かれして、旅の始まり…
【都市を生きる建築(68)】五代さまの流れをくむ近代建築史の特異点 NTTテレパーク堂島
 現在NTTグループのビルが建ち並ぶ北区堂島3丁目、NTTテレパーク堂島と名付けられた大きな街区は、大阪の近代史、また近代建築史にとって重要な施設が入れ替わり建…
【都市を生きる建築(66)】大大阪を象徴する「マンモスビル」の中身はもはや都市インフラ…住友ビルディング
 重厚長大産業が日本をリードした高度経済成長期、巨大であることを表す言葉としてよく「マンモス」が使われた。例えば第29回で紹介した1958(昭和33)年竣工(し…
【都市を生きる建築(65)】迷宮・地下街を養分にした樹木を表現…大阪富国生命ビル
 連載タイトルの「都市を生きる建築」にこれほどふさわしい建物はないかもしれない。2010(平成22)年に梅田に完成した地下4階地上28階建ての「大阪富国生命ビル…
【都市を生きる建築(64)】都心で歴史を刻む敬虔な信仰の場…日本基督教団浪花教会
 大阪市内で最も多くの近代建築が残る北船場エリアでも、さすがに歴史的な建築が隣り合って並んでいる場所は数えるほどしかない。そのひとつが三休橋筋で、第58回で紹介…
【都市を生きる建築(62)】110歳過ぎ大胆な若返り…大阪府立中之島図書館
 中之島図書館を訪れると、本を探す人、熱心にノートをとる人、そして目を閉じてつい微睡(まどろ)む人など、そこには図書館のありふれた光景がある。しかしその日常が1…
【都市を生きる建築(61)】市民が残した大阪の象徴…大阪市中央公会堂
 水面に映え、人々が心を寄せる大阪市中央公会堂。しかし、岩本栄之助という一人の人物がいなければ、この大阪のシンボルも無かった。
【都市を生きる建築(60)】「大阪城天守閣」のもうひとつの歴史 和と洋が対峙する不思議な空間…旧大阪市立博物館
 インバウンドの増加に大河ドラマの効果が加わったのか、昨年度の大阪城天守閣の入館者数は、32年ぶりに記録を更新、1931(昭和6)年の開館以来、過去最高の約23…
【都市を生きる建築(59)】100年続くモダンな個性…大江ビルヂング
 西天満と法曹界の関わりは、1890(明治23)年に、堂島川沿いに建設された赤煉瓦(れんが)3階建ての大阪控訴院にさかのぼる。同じ場所に今は大阪高等・地方・簡易…
【都市を生きる建築(58)】金融街に誕生したカップルの聖地…オペラ・ドメーヌ高麗橋
 御堂筋と堺筋のちょうど真ん中を南北に通る三(さん)休(きゅう)橋筋は、沿道に歴史的建築が多く残る通りで、本連載でも既にグランサンクタス淀屋橋と重要文化財の綿業…
【都市を生きる建築(57)】明治の「激動」に出合う遺産…泉布観・旧桜宮公会堂
 今も使われている民間の名建築群が大阪の魅力。しかし、改めて、国の重要文化財に指定されている桜ノ宮公園内の泉布観と旧桜宮公会堂に注目したい。明治が日本の革命期だ…
【都市を生きる建築(56)】幾何学的な構成と装飾共存…建築家珠玉の「フジカワビル」
 この連載でも度々登場し、一昨年には大阪歴史博物館で特別展が開催された建築家・村野藤吾。20世紀の日本を代表するこの建築家の設計したビルが、かつて大阪のビジネス…
【都市を生きる建築(55)】「堅固」とあだ名された都市の象徴…日本銀行大阪支店
 江戸時代の豪商・淀屋の名を残す淀屋橋。そのほとりの建物は、伝統と折り合う街・大阪のシンボルの一つだ。向かいに建つ大阪市庁舎、国の重要文化財に指定されている大阪…
【都市を生きる建築(54)】東京・丸ビル引き継ぐデザイン、旧財閥のレガシー…大阪農林会館
 心斎橋のほど近く、商業エリアとして賑わう南船場の街角に建つ大阪農林会館は、1930(昭和5)年に旧三菱商事の大阪支店として建設された。1918(大正7)年に三…
【都市を生きる建築(53)】都市の一部としての建築…綿業会館
 綿業会館ほどに、都市の一部であるかのように感じられる建築は、そう無いだろう。建築家・渡辺節の設計によって、日本綿業倶楽部の施設として1931(昭和6)年に完成…
【都市を生きる建築(52)】大阪の近代建築の現在形…立売堀ビルディング
 2014(平成26)年4月に始めた本連載も50回を超えた。当初は大阪市の生きた建築ミュージアム事業で選定された「大阪セレクション」を取り上げるということでスタ…
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